★ 【White Time,White Devotion】あおに捧げる銀の歌 ★
クリエイター犬井ハク(wrht8172)
管理番号102-5861 オファー日2008-12-14(日) 10:33
オファーPC 刀冴(cscd9567) ムービースター 男 35歳 将軍、剣士
ゲストPC1 リゲイル・ジブリール(crxf2442) ムービーファン 女 15歳 お嬢様
ゲストPC2 十狼(cemp1875) ムービースター 男 30歳 刀冴の守役、戦闘狂
<ノベル>

 クリスマスを二日前に控えた午後のことだった。
 すでにすっかり冬景色となった杵間山中腹の古民家には、天人たちの他に、リゲイル・ジブリールの姿がある。
 周囲の環境を快適に整えてしまう天人たちの住まいゆえ、リゲイルは今日も、カシミアのコートの下は、ミニスカートに薄手のカット・アンド・ソーンという出で立ちだ。
 珍しく大きな鞄を傍らに置いたリゲイルは、いつもの居間で、香ばしい玄米茶と餡子がたっぷり載った白玉団子を前に、何故か、もじもじと落ち着かない風情で、古民家の主人たる刀冴(とうご)と、その守役たる十狼(じゅうろう)とを交互に見詰めている。
 刀冴はそれに首を傾げたが、今日はリゲイルに渡すものがあるので、その準備に余念がない。彼は、裏庭に生えている鋼の樹から採ってきた、不思議な風合いの葉っぱを丁寧に磨いているし、十狼はというと、紙包みと行李とを部屋に運び込み、机の上に小さなケースを置いて、あとは刀冴の作業を見守っている。
 誰もが好きなことを好きなようにやるという、古民家のルール……というよりは在り方、そしてそれによる沈黙は、特に嫌なものではなく、古民家には、忙しない日々を顧み、息を抜くためにやってくる者も多い。
 しかしリゲイルの沈黙は、少し違ったようで、彼女はまたしばらくもじもじとしていたが、ややあって意を決したように刀冴を呼んだ。
「刀冴さん、あのね」
「ん、どした、リゲイル」
 刀冴が顔を上げ、リゲイルを見遣ると、少女はちょっと照れ臭そうに、はにかんだ笑みをみせた。
 それから、鞄に手をかけ、中から小さな包みを取り出す。
「あのね、もうじき、クリスマスでしょ。だから、贈り物がしたいなって思って、今日は来たのよ。……あの、気に入ってもらえるかどうか、判らないんだけど……」
 言われて、刀冴は十狼と顔を見合わせた。
 クリスマス、という行事が、この世界にはある。
 本来はこの世界の聖人が生まれた宗教的な日であるらしいのだが、この銀幕市が所属する日本という国では楽しいイベントに位置づけられており、去年は確か、カフェ・スキャンダルで賑やかな時間を過ごしたはずだ。
 そしてまた、クリスマスとは、大切な人と過ごしたり、心を込めた贈り物をしたりする日でもあるのだという。
 リゲイル・ジブリールという少女が、刀冴は他人のように思えない。
 それは過去に関することであったり、家族に関することであったり、性質に関することであったりして、何がどうだから、と具体的にきっちりと説明をつけることは難しいが、刀冴はリゲイルに、年の離れた妹のような愛情を抱いている。
 恐らく、十狼もまた、刀冴と似た性質を持つリゲイルを、ハラハラしつつも微笑ましく、大切に思っているのだろう。
 だからこそ、刀冴は、十狼とともに何かを贈ろうと思い立ち、今日、リゲイルを呼んだのだ。
 ちなみに今日がクリスマス当日ではないのは、恋人がいて、友人も多いリゲイルの、『本番』の日を潰してしまっては申し訳ない、という、刀冴には珍しい気遣いによるものである。
 それが、リゲイルもまた、何かを贈ってくれるのだという。
 嬉しく思わないはずがない。
「あ、あの、どうかな……もらってくれる……?」
 何故か妙にしどろもどろなリゲイルにちょっと笑い、刀冴は頷く。
「おまえが俺たちのために選んでくれたものなら、何でも嬉しいぜ? なあ、十狼」
「御意」
 ふたりの言葉にホッとしたのか、向日葵のような笑顔を見せ、
「あのね、これなんだけど……」
 リゲイルが刀冴に差し出したのは、稀少中の稀少と呼ばれるブルー・アンバーと、コーンフラワー即ち矢車菊の色と称される幻のサファイア、カシミール・サファイアで作られた、飛翔する龍を象った根付と、艶を消した銀に素晴らしい色合いの琥珀をあしらい、それに絹紐を通した髪留めだった。
「それで、十狼さんには、こっち」
 十狼へ差し出されたのは、琥珀の女王と称されるグリーン・アンバーの、どこまでも見通せそうなほどに透き通った大きなルースを、翼を模したプラチナで包んだ幻想的なペンダントだ。
「へえ……綺麗じゃねぇか。ありがとな、リゲイル」
 贈られたものを、夏空のような目を細めて見詰め、刀冴が言うと、リゲイルはまたはにかんだ笑みをみせた。
「ううん、喜んでもらえたら嬉しい。あのね、そっちの龍のは、剣につけてもらったらいいかなって」
「あァ……そりゃアいい。――斑目から買った、竜の根付と一緒につけよう。きっと、いいお守りになる」
「……うん。あ、それとね、十狼さんのは、金具が外せるから、ペンダントとして以外にも、色々使えると思う」
「そうか、了解いたした。得難く佳きものをいただいた……感謝致す、リゲイル殿」
「ううん。そう言ってもらえるだけで嬉しい。……いつも、わたし、ふたりにたくさんのものをもらっているから」
 ブルー・アンバーも、カシミール・サファイアも、琥珀も、グリーン・アンバーも、そのどれもが――特に、リゲイルの用立ててきた、最高級と言うに相応しいこれらは――、一般人には手も出せぬような代物だ。
 刀冴も十狼も、残念ながらこの世界におけるものの価値には疎いので、それがどれだけ高価なものであるのかは判っていないが、それでも、リゲイルの贈り物に、彼女の真心が篭もっていることは理解出来る。
 リゲイルの好意や愛情が、ここに篭められていることが、判るのだ。
「ん、これ……もしかして、この辺、おまえが作ったのか?」
「おや、そう言われてみれば、こちらも、リゲイル殿のお手の跡が見えますな」
 龍の細工の一部、銀の細工、琥珀のカット、絹紐を結んだ場所、翼の細工、グリーン・アンバーのカット、磨いた部分。
 実際に何かが残っているわけではない。
 ただ、それらの場所に、リゲイルの意識を強く感じるだけだ。
「あ、うん、職人さんたちに手伝ってもらいながらだけど、わたしが作ったの。……あ、でも、作ったって言っても、半分くらいで、仕上げは全部お任せしちゃったんだけど……」
 もごもごと、恥ずかしそうに言うリゲイル。
 決して器用とは言えないリゲイルには、とても骨の折れる仕事だっただろう、それは。
「でもね、でも、とっても楽しかったのよ、作っていて。だって、わたしの作ったものが、刀冴さんと十狼さんを飾れるなんて、素敵でしょう?」
 しかし、照れ臭そうに頬を染めながらも、リゲイルの目は輝き、頬は喜びの色に染まっている。
 他者のために何かをなす幸いは、きっと、それを実際に行ったものにしか、判らないのだ。
 リゲイルはその幸いを、全身全霊で味わったのだろう。
 それを微笑ましげに見詰め、
「判るぜ、その気持ち。さて、なら……俺たちも、贈ろうか。なァ、十狼?」
 言って刀冴が立ち上がると、十狼は小さく頷き、彼の傍らに跪いた。
「刀冴さん、何……?」
「ま、ちぃっと待ってくれ、今、『創る』から」
「え……」
 訝しげな目で見上げるリゲイルに笑ってみせ、刀冴は息を吸った。
 ――瞬間、彼の周囲の空気が、変わる。
 夏空のような双眸が、神秘的な白金に変わり、眼の中では、銀の光がちらちらと瞬く。
 覚醒領域、と呼ばれる、天人独特のフィールドだ。
 四分の一ではあるが天人の血を引く刀冴は、純血ゆえの血の強さもあって、この覚醒領域を展開すると、並の天人では太刀打ちできぬような力を発揮することが出来る。
 無論、人間としての肉体がそれに耐え切れず、これを長時間展開するだけで死にそうな思いを味わうことになるのだが。
「何かしら……すごい、大きなものが、まわりにいるみたい……」
 リゲイルがぽつりと呟く。
 それはきっと、天人としての刀冴に惹かれて集まった精霊たちだろう。
「――俺はさ、リゲイル」
 双眸を白金に輝かせながら、刀冴はかすかに笑った。
「故郷にいる間は、てめぇは人間だ人間だって頑なに思ってたんだ。天人なんてものは知らねぇ、俺には何の関係もねぇ、ってな」
 言って、刀冴が手を掲げると、十狼が手にしていた鋼の樹の葉がふわりと宙に浮かんだ。
「……そう、なんだ……?」
「俺は、どっちにもなれねぇ存在だったからな。ちゃんと、人間でいたかったけど、本当は、人間にも天人にもなりきれねぇ、どこにも帰る場所のねぇ半端者だ、って、ずっと思ってた」
 その根本、その虚無こそが、刀冴を今の刀冴にしたのだ。
 勿論故郷にも、半端さなど関係なしに、彼を愛してくれた人はいたけれど。
「だけどな、ここに来て、そんなのはどうでもいいことなんだって、気づいたから」
 金の葉脈に、虹を含んだ銀と言えばいいのだろうか、幻想的な色合いをした鋼の樹の葉が、くるり、と、空中で回転する。居間に差し込む午後の陽光が反射して、きらきらと光が踊った。
「だから――……俺の持てる十全の力で、これを贈る。リゲイル、おまえが、ただひたすらに、幸せであるように」
 静かに微笑んだ十狼が、ゆったりと手を掲げると同時に、ひゅっ、と風が吹き、掲げられた刀冴と十狼の人差し指をかすかに傷つける。
 小さな血の玉がふたつ、ふわりと宙を待った。
 同時に、刀冴の胸の辺りに、真珠や白金のを思わせる、光沢のある美しい白色の『火』が灯った。『火』の、目映いほどの純白は、熱を持たず、ただ神々しい明るさを湛えてたゆたった。
「あ、」
 リゲイルが小さな声を上げる。
 視線の先では、鋼の樹の葉がかたちをなくし、とろとろと溶けて、蛋白石が溶け込んだような銀の水滴となって宙を舞っている。
 幻想的な光景だった。
 舞い踊る銀の水滴と水滴が触れ合い、鈴の鳴るような、水晶の歌うような、繊細で儚い、美しい音がする。
 まるで、これから創り上げられるもののために、銀が歌っているようだ。
 銀の水滴に、赤い玉が混じり、すぐに見えなくなる。
 十狼が、机の上の小さなケースを手に取り、中から、吸い込まれそうに深い青の石を取り出した。
「リゲイル殿の用立ててくださった青には、敵わぬやもしれぬが、な……」
 十狼の掌に載せられた小さなそれもまた、ふわりと浮かび、銀の水滴の中へ混じってくるくると舞い踊る。
「綺麗……」
 宙を見上げ、呟くリゲイルの、まさにコーンフラワーを思わせる、最上級のカシミール・サファイアのような双眸には、純粋な感嘆がキラキラと輝いていた。
 それを見ながら、刀冴は舞うように手を、指を動かす。
「本当は、守り刀にしようかと思ったんだが……」
 その動きに促されるように、銀のしずくが、徐々にかたちを整えながら集まっていく。
 ――それは、硬く密に凝縮され、小さな、華奢なリングへと変化し始めていた。
「他人を守るためだって、おまえに、手を汚せなんて言いたくねぇからな」
 十狼の手が伸びて、宙を舞うリングを一撫でし、長くて武骨な指先が、青い石を抱き込んだそれに、翼と炎の見事な意匠を刻み込む。
「リゲイルが幸せであるように。おまえの大切な人間が、おまえの望むように幸せであるように」
「リゲイル殿に幸いが満ちるように。リゲイル殿の歩む道のりのすべてに、久しく光が満ちてあるように」
 静かな、荘厳な、祈りのような、誓いのような言葉が紡がれる。
 紡がれた言葉は光の粒になって、くるくると回るリングの中に吸い込まれて行った。
「よし……これでいい」
 刀冴が呟くと同時に、繊細な細工のされた華奢なリングが、刀冴の掌へと落ちてくる。
 刀冴はそれを指先でつまみ、そっとリゲイルの手を取った。
「こっちの世界には、薬指に恋人や伴侶から贈られた指輪をする習慣があるって聞いたことがある。だから、中指にしておくな」
 青く透き通った石を、翼と炎が守るように抱く、優美なデザインのリング。
 それが、リゲイルの中指に滑り込み、手の真ん中に収まる。
「わあ……綺麗ね、とっても素敵。でも……なんだろう、不思議な雰囲気。何かしら……?」
 光に透かして指輪を、青い石を見詰め、リゲイルが周囲を見渡す。
 十狼が穏やかに微笑んで、補足をする。
「玻鋼の守り刀とは少々違う、変則的なつくりになったが……これは、リゲイル殿をお守りするものだ。そこに変わりはない」
「お守りなの?」
「いかにも。リゲイル殿を、一切の魔法的な攻撃からお守りし、危険をお知らせし、また、これは、精霊たちに、貴殿が世界の友たる天人に愛され慈しまれる存在であることを教えるだろう」
「慣れなきゃ難しいだろうが、そもそも玻鋼ってのは強い神聖エネルギーを含んだ金属だ。おまえの祈り、願い、望み……なんていう、強いエネルギーを、おまえの望むように、誰かを守る『場』に変えることも出来る」
 それが、どのくらい役に立てるか、どのくらいリゲイルを守れるかは、実はよく判らない。
 判らないが、ひたすらに、ただただリゲイルが幸せであるよう、彼女の未来に幸いと光が満ちているよう、それだけを祈って、このリングは創られた。
 刀冴と十狼の、偽りのない友愛を織り込んで。
「まぁ……悪くねぇって思ったら、使ってくれ。そいつはおまえを絶対に裏切らねぇ。おまえのためだけにあるもんだからさ」
 覚醒領域を収束させ、もとの目の色を取り戻して、刀冴はリゲイルの頭をくしゃくしゃと掻き回した。展開の反動で、胸の奥が激痛を訴えているが、そんなものは知ったことではなかった。
 リゲイルは刀冴の手荒な愛情にくすくすと笑い、そして、もう一度指輪を光に透かした。
「ありがとう、刀冴さん、十狼さん。あのね、わたし、とっても嬉しい。指輪が素敵だって言うのもあるけど、なんて言うのかな、指輪から、刀冴さんと十狼さんの暖かい気持ちが、伝わってくるような気がするから。……大事にするね、本当にありがとう」
「……おう」
 頬を上気させて礼を言うリゲイルに、刀冴は目を細める。
 例え自分たちが消えても、魔法が消えても、この少女に幸いと光があるようにと、そんな願いばかりが尽きない。
「おお、そういえば、刀冴様、こちらもお渡しせねば」
 十狼に言われて、刀冴は卓上の包みを手に取った。
「そうそう、忘れるとこだったぜ。――リゲイル、こいつもだ」
「私は、こちらを」
 十狼は、籐で編んだ行李を、リゲイルの前に置く。
「え、でも……」
 もうもらったのに、と言いかけたのだろうか、首を横に振りかけて、ふたりの思いに気づいたらしく、リゲイルが口を噤んだ。
 そして、刀冴が自分で銀を磨いて作った繊細なゴブレットと、十狼がリゲイルに合わせて自ら縫った天人の女性用の美しい衣装とを目にして、ほんの少し、俯く。
 それらは、すべて、この街にある普通の材料を使って作られたものだ。
 魔法の作用する余地のない、『普通の』贈り物だ。
「俺たちは、いつだって、おまえの傍にいるからさ。そのために、あかしを置いておきてぇって、それだけだよ」
 ――夢の終わりを、意識の片隅に留め始めている。
 夢の終わり、魔法の消滅が、この街に何をもたらすのか、刀冴には判らない。
 判らないけれど、この街で築いたすべてのこと、通わせたすべての思いに、偽りなどない。
 例え消えてしまうのだとしても、確かに自分たちはここにいて、リゲイルのことを愛しているのだと、いつでも見守っているのだと、そう伝わればいい、と、思う。
 もちろん、きっと伝わっているだろうとも、確信しているけれど。

クリエイターコメントオファー、どうもありがとうございました!
幸せな年末を描くプライベートノベル群、【White Time,White Devotion】をお届けいたします。

天人さんたちとリゲイルさんの間に通う、静かな深い愛情を軸に、互いが互いを大切に思っている気持ちを、贈り物に託して描かせていただきましたが、いかがでしたでしょうか。

いずれ来る終わりを予感させつつも、今はただ幸せな、穏やかな愛の見えるお話に仕上がっていれば幸いです。

なお、細々と捏造させていただいていますので、言動などでおかしな部分などがありましたら、可能な範囲で訂正させていただきますので、どうぞお気軽に仰ってくださいませ。

それでは、楽しんでいただけることを祈りつつ。
またの機会がありましたら、どうぞよろしくお願い致します。
公開日時2008-12-25(木) 22:10
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